東京高等裁判所 昭和60年(ネ)244号 判決 1985年11月25日
控訴人
佐久間彪
右訴訟代理人弁護士
山﨑源三
新井弘治
新居和夫
被控訴人
寺門盛夫
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
主文同旨。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
本件控訴を却下する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
2 本案の答弁
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 本案前の主張
(控訴人の主張)
1(一) 被控訴人は、控訴人を被告として、昭和五九年三月二八日、控訴人の住居所不明として、本件訴訟を提起すると共に公示送達の申立てをなし、同年四月一六日右申立が許可され、公示送達により審理がなされ、同年一〇月三日原判決が言渡され、同日控訴人に公示送達されたものである。
(二) しかしながら、後記2に述べる理由により、被告である控訴人は、右訴訟の提起されたことも、その判決があつたことも全く知らず、昭和六〇年一月二九日になつて初めて右事実を知つた。
よつて、控訴人はその責に帰すべからざる事由によつて控訴期間を遵守することができなかつたので、民訴法一五九条により追完期間内である昭和六〇年二月四日控訴を申立てると共に控訴の追完をした。
2 控訴人が控訴期間を遵守することができなかつた事由は次のとおりである。
(一) 控訴人は、昭和四一年三月慶応義塾大学法学部政治学科を卒業し、同年四月クラリオン株式会社の輸出部門を担当するクラリオン商事株式会社に入社し、昭和五九年二月からクラリオン株式会社に転属となり、現在は同社海外事業本部海外管理課長をしているものである。従つて、法学部の卒業といつても政治学科であるし、商事会社に入社して海外営業部門にいたので法律的知識は殆んどない。
(二) また控訴人の昭和四八年一二月以降の住所は次のとおりであり、転居回数が多いのは、勤務の都合や、勤務先の提供する社宅の都合によるものであり、住所を変更する都度、住所変更の届出をなし、住民登録もしている。
(1) 昭和四七年四月一〇日から
東京都渋谷区南平台町一二番一一―四〇三号
(2) 昭和四八年一二月二五日から
東京都渋谷区桜ケ丘二九番二四―六〇三号
(3) 昭和五一年四月一五日から
東京都新宿区中町一番地
(4) 昭和五一年五月三一日から
東京都世田谷区太子堂五丁目二九番一六―二〇二号
(5) 昭和五一年一〇月から
西ドイツ・フランクフルト
(6) 昭和五七年一二月二八日から
東京都世田谷区松原五丁目二三番三号
(7) 昭和五八年一二月一八日から
東京都世田谷区松原五丁目三二番五号
(8) 昭和六〇年四月二九日から
東京都目黒区自由が丘三丁目六番二号メゾンローリエ
なお、被控訴人は、控訴人の最後の住所として、東京都港区赤坂九丁目五番二六―四〇二号を主張しているが右は、控訴人のかつて妻であつた訴外増田初恵の住所であつて、控訴人は右場所を住所としたり、右場所に居住していたことはない。
(三) 控訴人は被控訴人と面識はなく、本件各小切手を振出したこと、従つて被控訴人との間に本件各小切手について紛争を生じたり、本件訴訟が提起されていることは全く知らなかつた。
(四) ところが、昭和五九年一二月二二日静岡地方裁判所沼津支部から、控訴人が住んでいた東京都世田谷区松原五丁目三二番五号の自宅に、もと控訴人の所有であつた静岡県裾野市須山字藤原二二五五番二〇八九所在山林五二〇平方メートル(以下「本件物件」という。)についての強制競売開始決定正本が送達された。
(五) その後、昭和六〇年一月二九日たまたま知人の山﨑源三弁護士に会い、相談した結果、はじめて、原判決が公示送達の方法により控訴人に送達されていることを知つた。
3 右のとおり、控訴人は、定まつた職業を持ち、定まつた住所を有し、住所を変更した場合にはその都度住民登録もなし、本件訴訟は全く予測していなかつたのであるから、自己の知らない間に、自己に対する判決がなされるという事態があることを予測せず、かつ法律とは殆んど無関係な人間であつたから前記強制競売開始決定正本の送達があつたからといつて、その記載から自分に対する判決がなされたとは知り得なかつたものである。
右のとおり、控訴人は、原判決の送達を知らなかつたことについて過失はなく、その責に帰すべき事由があるとは言えない。
よつて、控訴人が原判決の送達の事実を知つた昭和六〇年一月二九日から一週間以内である同年二月四日になされた本件控訴は適法である。
(控訴人の主張に対する答弁及び被控訴人の主張)
1(一) 控訴人の主張1(一)の事実は認める。
(二) 同1(二)は、控訴人が昭和六〇年二月四日控訴の申立てをなし、同時に控訴の追完を申立てたことのみ認め、その余の事実は争う。
(三) 本件公示送達は、控訴人の住所を管轄する東京地方裁判所においてなされたものであるから、かかる場合には受送達者に過失があると解される。
2(一) 同2(一)は、控訴人が法律的知識が殆んどないとの事実を否認し、その余の事実は不知。
控訴人は慶応義塾大学法学部政治学科を卒業したと述べ、また昭和六〇年二月一日被控訴人に電話をかけてきた時にも、「私は法律には、相当詳しいです。」と述べて法律に精通していることを自認している。
(二) 同2(二)は、控訴人が、その主張の(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(8)の住所に変更したことは認めるが、その余の事実は争う。
控訴人は住所変更の都度住民登録をしているというが、同人主張の(4)の住所は、不現住を理由として、昭和五五年二月一二日に職権消除になつている。
また本件は、訴外株式会社太陽神戸銀行六本木支店と控訴人との当座勘定(パーソナルチェック)取引契約(以下「当座勘定取引契約」という。)に基づいて振出された小切手金の請求事件であるが、控訴人は、右銀行支店に、当時控訴人の妻であつた佐久間(現在増田)初恵と同行し、住民票、印鑑登録証明書等必要書類を提出し、住所を東京都港区赤坂九丁目五番二六号ヴェラハイツ赤坂四〇二号として届出をしている。
被控訴人は、原審の口頭弁論終結日である昭和五九年九月一二日以後の同月二〇日に本件不動産の登記簿謄本の交付を受け、この時にはじめて控訴人の住所が同人主張の(7)に定められていることを知つたのである。
(三) 同2(三)は、控訴人と被控訴人とが面識がなかつたことは認めるが、その余の事実は争う。
控訴人は、控訴人名義振出の小切手が不渡りとなり、訴訟を提起されたり、控訴人所有の不動産に対する仮差押がなされるおそれがあることを知り、債権者の追求を免れんとして訴外増田初恵に対し、本件物件につき、静岡地方法務局裾野出張所昭和五九年四月一〇日受付第一七七二号をもつて、昭和五七年一〇月一八日付財産分与を原因として所有権移転登記手続をしている。また、被控訴人は、控訴人所有の本件物件につき静岡地方裁判所が昭和五九年三月二二日付でなした仮差押え決定に基づき、静岡地方法務局裾野出張所同日受付第一四二七号をもつて仮差押の登記を経由したから、原判決を受ける可能性を感じていたものである。
(四) 同2(四)の事実は認める。
右強制競売開始決定は、被控訴人が、原判決に基づき、債務者控訴人、所有者増田初恵とし、昭和五九年一二月一二日静岡地方裁判所沼津支部に対し強制競売の申立てをなし、同裁判所同支部が同月一七日強制競売開始決定をなしたものである。従つて、控訴人は右強制競売開始決定正本が同人に送達された昭和五九年一二月二二日に原判決の送達があつたことを知つたものである。
(五) 同2(五)の事実は否認する。
3 同3の主張は争う。
4 以上のとおりであるから、控訴人は、かねて本件訴訟が提起され、原判決が送達されることを予測することができたのであり、控訴人が同人主張の昭和六〇年一月二九日まで原判決の送達を知らなかつたとすれば、これは同人の責に帰すべからざる事由によるものとはいえないし、また、民訴法一五九条にいう「其ノ事由ノ止ミタル」時とは、控訴人が原判決の送達のあつたことを知つた時であるところ、控訴人はおそくとも昭和五九年一二月二二日にこれを知つたのであるから、その時から一週間の追完期間を経過した後にされた本件控訴は不適法であり、却下されるべきものである。
二 本案の主張<以下、省略>
理由
一まず本件控訴の適否について検討する。
1 本件記録によると、被控訴人は、昭和五九年三月二八日、東京地方裁判所に、控訴人を被告とし、被告の住居所不明、最後の住所東京都港区赤坂九丁目五番二六号ヴェラハイツ赤坂四〇二号として訴を提起し、同日公示送達の申立てをしたところ、同年四月一六日右申立てが許可され、控訴人に対する送達は公示送達の方法で審理され、同年九月一二日口頭弁論終結となり、同年一〇月三日判決が言渡され、同判決は同月三日控訴人に対し公示送達され、翌四日送達の効力が生じたこと、及び控訴人は昭和六〇年二月四日東京高等裁判所に控訴を申立てると共に控訴の追完をしたことが認められる。したがつて、本件控訴は控訴期間経過後になされたものと言わなければならない。
2 そこで、控訴人が本件控訴期間を遵守できなかつたことについて、同人の責に帰することのできない事由があつたかどうかについて検討する。
(一) <証拠>を総合すれば、控訴人は、昭和五八年一二月一八日、東京都世田谷区松原五丁目三二番五号(控訴人主張2(二)(7)の住所)に住所を定め、昭和六〇年四月二九日まで同所を住所とし、住民基本台帳法に基づく所定の届出をしていたところ、本件訴訟が当初から公示送達の方法により審理、裁判されたため、控訴人は本件訴の提起も原判決が公示送達の方法により同人に送達されたことも知らないでいたことが認められる。
その後、控訴人が昭和五九年一二月二二日控訴人主張の強制競売開始決定正本の送達を受けたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、控訴人は、右開始決定正本によつて、同人の前妻増田初恵に譲渡済の本件物件が競売に付せられることを知つたが、控訴人に原判決が公示送達の方法により送達されていることには思い至らなかつたところ、たまたま、昭和六〇年一月二九日、知人である山﨑源三弁護士(控訴代理人)に会い、同人の調査によつて、はじめて、原判決が公示送達の方法により控訴人に送達されたことを知つたことが認められる。
(二) 被控訴人は、控訴人が昭和六〇年一月二九日まで原判決の送達があつたことを知らなかつたとすれば、これは同人の責に帰すべからざる事由によるものではなく、また、同人は遅くとも昭和五九年一二月二二日右開始決定正本の送達を受けた時に、原判決の送達があつたことを知つた旨主張するところ、その理由は概要次のとおりである。
(1) 本件公示送達は、控訴人の住所を管轄する東京地方裁判所がしたものであるから、このような場合には受送達者である控訴人に過失があると判断すべきである(被控訴人の1(三)の主張)。
(2) 控訴人は、(イ)債権者から訴訟や仮差押による追求のあることを予測し、(ロ)転々と住所を変え、その届出も正確でなかつたところからみて、本件訴訟が提起され原判決の送達があることを予測できた(被控訴人の2(二)及び(三)の主張)。
(3) 控訴人は、(イ)法律に精通し、(ロ)同人主張の強制競売開始決定正本の送達を受けた時に、原判決の送達があつたことを知つた(被控訴人の2(一)及び(四)の主張)。
そこで、以下順次右の点について判断する。
(三) 先ず、右(1)の主張について判断するに、前記認定のとおり、控訴人の住所は、本件訴が提起された昭和五九年三月二八日から原判決が同人に公示送達の方法により送達された同年一〇月三日までの間、東京都世田谷区内にあつたから、本件公示送達をした東京地方裁判所の管轄区域内にあることは明らかであるが、公示送達によつて受送達者がその内容を了知することは事実上ほとんど期待できないことに鑑みれば、本件の受送達者である控訴人についても、被控訴人の主張するように当然に過失があるとすることはできず、右主張を採用することはできない。
(四) 次に右(2)の主張のうち、(ロ)住所に関する主張(被控訴人の2(二)の主張、これに対応するものとして控訴人の2(二)の主張)について判断する。
(1) 控訴人主張の2(一)(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(8)の住所については当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、控訴人主張の(6)、(7)の住所が認められる。
また<証拠>を総合すれば、控訴人は住所を変更した回数が多いが、これは勤務の都合や、社宅の都合によるものであり、また海外駐在の場合を除いては、住所を変更する都度住民基本台帳法に基づく届出をしていたことが認められる。
(2) なお、<証拠>によれば、控訴人主張の2(二)(4)の東京都世田谷区太子堂五丁目二九番一六―二〇二号の住所が昭和五五年二月一二日不現住を理由として職権消除になつていることが認められるが、当審における控訴人本人尋問の結果によると、これは昭和五二年一〇月控訴人が海外勤務となり住民基本台帳法による手続を怠つたものであることが認められる。
(3) また、被控訴人が控訴人の住居所不明となる最後の住所と主張する東京都港区赤坂九丁目五番二六号ヴェラハイツ赤坂四〇二号については、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲A第六号証によると、同所を住所とする控訴人名義の訴外株式会社太陽神戸銀行六本木支店との当座勘定取引契約があつたことは認められるものの、右契約を控訴人が締結したとする証拠はなく、かえつて、<証拠>を総合し弁論の全趣旨を併せ考えれば、右住所は控訴人が昭和五七年一〇月ころ協議離婚した訴外増田初恵が昭和五五年一一月一五日から住所を定めたところであつて、控訴人はそのころ西ドイツに駐在しており、右場所を住所と定めたことはないこと及び右当座勘定取引契約も訴外増田初恵が勝手に控訴人名義を使用してなしたものであることが認められる。
(五) 次に前記(二)の(2)の主張のうち、(イ)債権者からの追求に関する主張(被控訴人の2(三)の主張、これに対応するものとして控訴人の2(三)の主張)について判断する。
(1) 当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人と被控訴人は本件訴訟以前には面識はなく(以上の事実は当事者間に争いがない。)、控訴人振出名義の小切手が不渡りとなり、紛争を生じていることを全く知らなかつたことが認められる。
(2) 被控訴人は、控訴人が右事実を知り、訴訟や仮差押による債権者の追求を予測していたこと及びこれを免れようとして、本件物件につき訴外増田初恵に対し所有権移転登記を経由している旨主張する。
当審における控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を併せ考えれば、本件物件につき、被控訴人主張の日時に、その主張のとおり訴外増田初恵に財産分与を原因として所有権移転登記がなされていることは認められるが、控訴人が訴訟や仮差押による債権者の追求を予測していたり、右登記がこれを免れるためにされたものであることを認めるに足る証拠はなく、かえつて、<証拠>によると、本件物件は、控訴人と訴外増田初恵が共同生活を続けていた昭和四六年ころ、控訴人名義で共同で買受けたものであるが、控訴人は、離婚後の昭和五八年一二月初ころ、右訴外人から生活の困窮を訴えられたため、同人にこれを譲渡し、昭和五九年二、三月ころ右所有権移転登記に必要な書類を交付していたところ、右訴外人において右登記をなしたことが認められる。
(3) また被控訴人は、本件物件につき仮差押の登記が経由されていることをもつて、原判決の送達を受けることを予測していた旨主張する。
<証拠>を総合し、弁論の全趣旨を併せ考えれば、本件物件について、静岡地方裁判所沼津支部昭和五九年三月二二日付仮差押え決定に基づき、被控訴人主張の如き仮差押登記がなされていることが認められるが、当時控訴人がこれを知つていたとの事実についてはこれを認めるに足る証拠がなく、かえつて、<証拠>を総合すれば、右仮差押え決定の債務者たる控訴人の住所は「東京都渋谷区桜丘町二九番二四―六〇三号」となつており、控訴人には送達されず、控訴人としては右事実を知らなかつたことが認められる。
以上(四)(五)に認定判断した事実関係のもとにおいては、控訴人が、本件訴訟が提起され原判決の送達があることを予測できたとは到底いうことはできず、この点に関する被控訴人の主張は理由がなく採用することができない。
(六) 続いて、前記(二)の(3)の主張のうち、(イ)控訴人が法律に精通していたとの主張(被控訴人の2(一)の主張、これに対応するものとして控訴人の2(一)の主張)について判断する。
<証拠>を総合すれば、控訴人は、昭和四一年三月慶応義塾大学法学部政治学科を卒業し、同年四月クラリオン商事株式会社に入社し、輸出部門を担当し、昭和五二年一〇月から昭和五七年一一月まで西ドイツに駐在し、同年一二月から昭和五九年一月二〇日まで同会社東京支社に勤め、同年一月二一日からクラリオン株式会社に出向し、同年一一月同会社に入社し、同会社麹町分室で海外管理課長をして現在に至つているもので、一般人に比して法律的知識に乏しいとはいえないものの、自己の所有に属しない不動産に対してでも強制競売開始決定がありさえすれば、自己に対する判決の送達があつたことを疑うといつた法律的知識までも有していたとはいい難いことが認められる。
被控訴人は、昭和六〇年二月一日控訴人が電話で「法律には相当詳しい」旨述べたと主張するが、右事実を認めるに足る証拠はなく、前記認定を覆えすに足る証拠はない。
(七) 次に、前記(二)の(3)の主張のうち、(ロ)控訴人が前記開始決定正本の送達を受けた時に、原判決の送達があつたことを知つたとの主張(被控訴人の2(四)の主張、これに対応するものとして控訴人の2(四)の主張)について判断する。
(1) 控訴人が昭和五九年一二月二二日同人主張の強制競売開始決定正本の送達を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲A第四号証(右決定正本)によると、控訴人は「債務者」と表示され、その住所欄に、「現住所東京都世田谷区松原五丁目三二番五号」「債務名義上の住所東京都港区赤坂九丁目五番二六号」と表示され、更に請求債権目録として「東京地方裁判所昭和五九年(手ワ)第五四七号小切手金請求事件の執行力ある小切手判決の正本に表示の下記金員」の記載があることが認められる。
(2) ところで、前掲甲A第三、四号証によれば、右開始決定正本には所有者として訴外増田初恵が表示されていること、また、前記仮差押の登記後に同訴外人に対する所有権移転登記手続がされ、その後にされた強制競売であるため、債務者と所有者の名義が異つていたことが認められ、前記認定のとおり、控訴人は、右開始決定正本によつて、同人の前妻増田初恵に譲渡済の本件物件が競売に付せられることは知つたが、控訴人に原判決が公示送達の方法により送達されていることには思い至らなかつたものであり、前掲乙A第三号証に当審における控訴人本人尋問の結果を総合し弁論の全趣旨を併せ考えれば、控訴人は、強制競売開始決定正本を見たのがこの時はじめてであり、債務者として控訴人が表示されているのは、本件物件の所有権移転登記手続が遅れていたため、同訴外人に譲渡後も本件物件に対する租税の賦課があつたこともあり、これと同様の事態であると考え、また本件物件は既に同訴外人に譲渡済であつたので深く意にとめることはなかつたことが認められる。
以上(六)、(七)に認定判断した事実関係のもとにおいては、控訴人が前記開始決定正本の送達を受けた時に、原判決の送達があつたことを知つたということはできず、この点に関する控訴人の主張は理由がなく採用することができない。
また、右開始決定正本に債務者として控訴人が表示され、前記の請求債権の表示があるからといつて、前記(一)、(四)ないし(七)に認定判断した事実関係のもとにおいては、控訴人において、自己の知らない間に自己に対する判決があることを予測できる状態にはなく、また原判決が公示送達の方法により同人に送達されたことに思い至らなかつたことに無理からぬ事情があつたというべきであり、これをもつて、控訴人が右開始決定正本の送達を受けることによつて原判決が控訴人に送達されたことを知るべきであつたとすることもできないのである。
(八) 以上認定判断した事実によれば、被控訴人の本案前の主張はすべて理由がなく、控訴人は、同人の責に帰することのできない事由によつて、控訴期間を遵守することができず、昭和六〇年一月二九日に至つて原判決の送達があつたことをはじめて知つたため、同年二月四日本件控訴を提起したものということができる。
なお、本件公示送達は被控訴人の申立によるものであるが、前掲乙A第六、七号証によれば控訴人の本籍地は終始変動がなかつたことが認められるのであり、本件訴訟が原審に係属中は控訴人は住民基本台帳法に基づく届出をした場所を住所としていたことは前記認定のとおりであるから、被控訴人において、控訴人の過去の住民票を手がかりとして、本籍地について戸籍の附票を調査すれば、同人の住所はたやすく判明したはずであるのにこれを怠り、また、原審の口頭弁論終結後ではあるが、原判決の言渡前である昭和五九年九月二〇日には、被控訴人は、本件物件の登記簿謄本によつて控訴人の住所を知つたにもかかわらず(この点は被控訴人の自認するところである。)、漫然と公示送達の方法により審理、裁判を受けたものである。
3 よつて、控訴人の本件控訴期間の懈怠は追完されたものというべく、本件控訴は適法であるといわなければならない。
二そこで、本案について判断する。<以下、省略>
(裁判長裁判官柳川俊一 裁判官近藤浩武 裁判官三宅純一)